2006年12月14日(木曜日)
【HR】 申請書日和
今日もしとしとと大人しい小雨。このところ引っ込み思案な雨が多い。そんなに寒くはないし。
区役所へ行く用事があったので、ほかのものも少し片づけようと、銀行にも電話をかけ、1つ手続きをすることにした。半年以上まえに書いた、事務処理の課題の1つをようやくやる気になった。その銀行はちゃんと専任の係がいて、書類を送ってもらうことになった。郵便局のように「とにかく一度来てほしい」とは言わなかった。郵送と電話だけで済むらしい。少しほっとした。
役所のまえに1箇所寄り、区役所では30分ほどで何枚も書類を書いた。住所を10回以上書いた。お昼休みで窓口も閉まっていたけれど、残っていた人が対応してくれた。今日一日で終わったので、とてもラッキィ。そのあとも、もう1箇所寄った。
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それから、スバル氏とショッピングセンタへ。久しぶりにCDを3枚買った。新しいアンプのせいだ。でも、買ったのはいずれも既に持っているLPのCDである。なにしろ今はプレイヤがない(妹にあげてしまった)。今日は何を買ったかは書かない。
たこ焼きを食べた。これは書いておこう。たこ焼きにはいろいろあるものだな、としみじみ思った。かりっとしたのもハードロックだし、崩れそうなのもパンクで良い。そうそう、急に思い出したが、お経はパンクだなあ。
昼寝もした。モビリオも50kmくらい乗った。工作は雨のため今日もできず。でも、室内で細かいことを少しだけした。
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昨夜は遅くまでジャズを聴いていたので、土屋先生を思い出した。今度の3月に「人間は考えるFになる」が文庫になる。それから、PHPで出版し、ずっと絶版になっていた詩集「MATEKI」が、2月頃に中央公論新社で文庫になる。そういえば、新潮社から新しい小説雑誌「yom yom」が届いていた。新潮社で最初の僕の担当だったK村氏が編集長だ。シンプルなデザインで、中を開くと1段組が多く、今の読者の嗜好を捉えている。ただ、小説雑誌を読む人口がどう多く見積もっても3万人もいないからなあ、とは思う。ようするに、雑誌が独立しては成り立たない。
文芸の仕事をしていると、文芸がもの凄くメジャなものだと感じてしまう。TVの仕事をしていると、TVが社会に浸透した一般的なメディアだと錯覚してしまう。その世界の中にいると、必然的にそうなるのだ。別にそれが悪いという意味ではない。ただ、ビジネスとして成功させるためには、客観的な数字を認識していなければならない。自分のいる世界の規模を把握することは基本だろう。これは、編集者といつも議論している話題である。たとえば、どう転んでも、小説を読む人口は100万人もいない。だから、もし100万部以上売れた小説があったとしたら、それは半分以上が読まれていない、と考えてまちがいない。買っただけ、表紙を眺めただけ、最初の1Pを見ただけ、という人が大多数ということだ。TVでも同じ。視聴率がそもそも少数のサンプルによるものだし、またたとえ全数を調べられるようになって、その時間にその番組が選ばれていたとしても、誰も真剣には見ていない、おしゃべりをしていたり、食事をしていたりしただけという割合がぐんと増える。こういった数字であっても出版社やTV局は、嬉しいかもしれない。しかし、そのコンテンツを創った者には、そんな数字は意味をなさない。単に「儲け」という些末なものが付随するだけである。
「クレィドゥ」は今夜は7000文字書いて、完成度は44%になる見込み。途中で倒れて救急車で運ばれなければ、だが。
【理科】 薬草の話
今の季節にうってつけの花、「ポインセチア」「クリスマスローズ」「福寿草」といったら、共通点は何でしょう? 真冬に咲く美しい花?
では、もう少し続けて「スイートピー」「スズラン」「スイセン」「ヒガンバナ」「キョウチクトウ」では?
何となく素敵な雰囲気になってきましたね。しかし「ジギタリス」「マオウ」「キナ」となってくると、ちょっと怪しいたたずまいです。
そして最後に「ケシ」「トリカブト」とくれば確定です。
実は、これらはみんな「毒草」なのです。
ちなみに「ポインセチア」はメキシコ産の短日花で、癌促進剤である「フォルボール」という毒性分を持っているため、以前に葉を食べてしまったお子さんが亡くなっています。そして「クリスマスローズ」は、学名を「ヘレボルス・ニゲル」といって、「これを食べると死ぬ黒(い球根)」という意味を持っているのです。また「福寿草」は──その、おめでたい名前と黄金色の美しい花とは裏腹に──今まで何人もの方が誤って食べてしまい、そのうち数名は残念ながら命を落としています。
そして、可憐な「スイートピー」も、実は誤って食べたりすると、頸椎麻痺などを引き起こしてしまいます。また「スイセン」といえば、ナルシシズムの語源になったナルシスを思い出す美しい花ですが、この花と「ヒガンバナ」には「リコリン」という毒が含まれています。食すると激しい嘔吐を引き起こします。その他、ここに名前の挙がっている毒草は、どれも非常に個性的な作用機序を持った草ばかりなのです。
しかしこれらの中には、適量を用いることによって立派な薬となる物もあり、実際に多くの人たちの命を救ってきました。
マラリヤから大勢の人たちを救った「キナ」のキニーネ。漢方薬や一般の咳止めに多用されている「マオウ」のエフェドリン。心臓の薬として現在どこでも使用されている「ジギタリス」のジギトキシンやジゴキシン。そしていうまでもなく「ケシ」の鎮痛薬モルヒネなどなど……。
まさに「毒にも薬にもなる」というのが薬草です。そしてその境目を決めるのは、あくまでもこちら側──人間です。薬草(毒草)には、いつも何の罪もありません。