2006年12月13日(水曜日)
【HR】 オーディオ慕情
朝は晴れていたが、昼頃降りだし、夕方には上がった。冷たい水曜日。
午前中は研究打合せで出かけていて、4時間ほど潰れ、今日も午後から小説の仕事をした。昨夜、寝るまえにゲラを最後まで読んだ。講談社のK城氏がこれを取りにきてくれる。家まで来てもらうのも大変なので、駅までスバル氏に持っていってもらった。彼女はついでにデパートに行けるので上機嫌だった。
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今日もスピーカで音楽を聴いた。たまに書いても良いかな。今日は、Eric DolphyのOUT TO LUNCHを聴いた。このCDをくれたのは、講談社のM澤氏だったように思う。ヘッドフォンでは聴けない音だ。欲をいえば、ウーファーが欲しいところか。それから、懐かしいLed ZeppelinのPRESENCEも聴いた。1年に1度は聴きたくなるアルバムだ。こちらは、そんなにアンプの質を要求しない気がする。だからまあ、こんなものかな。
オーディオ・マニアの友人がいるので、ああはなりたくないと常々思っている。だいたい、スピーカというのは、ペアで500万円くらいからが本もので、アンプはその半分くらいが良いでしょう、と平気な顔で言う人種だ。もちろん、そんなセットを1組だけ持っているなんてことはありえないわけで、良い音を知るためには、あらゆる音を聴かなければならないのだ。極端な例では、たとえばケーブルがもう高い。ケーブルで音が違う。ほう、ケーブルにまでエージング(慣らし)があるのか、それは物理的にいったいどんな理屈なのか、と想像を絶する世界である。否、けっして揶揄しているつもりはない。やめておこう。
しかし、今回作ったアンプとスピーカは良い音がした。昔とどこが違うのかというと、まず入力デバイスがデジタルだという点が大きい。ノイズがまったくない。いろいろ進歩しているものだなあ。
ガレージの中は、思ったよりも音楽を聴くのに適していることがわかった。外で確かめてみたが、ほとんど音が漏れていなかった。もう少しパワーのあるアンプと、大きなスピーカがあっても良いかも。でも、そこまでの欲求は今のところない。あくまでも、仕事中のバックグラウンド・ミュージックという位置づけ。工作中は聴かないし。
スウィングしながらではないけれど、「クレィドゥ〜」は7000文字書いて、完成度は37%に。
6球スーパ・ラジオも完成して、無事に受信ができた。調整はまた今度。ちょっと危なそうな部品が幾つかあって、とりあえず使ったものの、ネットで購入して信頼性の高い国産品に交換するつもり。まあ、なかなか最初からきっちりと仕上がるものは少ない。部品を使うわけだから、一般工作よりは完成度を高めやすいけれど……。小説はさらにましだと思う。小説の部品はすべて自分の頭の中に在庫があるからだ。
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本当は、今日は庭で工作をするつもりだったのだが、あいにくの雨で延期。モビリオにも30分くらい乗った。やはり、重心が低くて、シャコタンになっているのが可愛らしい。サスを替えたら車高が下がるなんてカタログに書いてなかった。予想外で嬉しい。
今日は飛んでいなかったけれど、書斎の北側にある窓(3m×6mくらいある)から低空飛行する飛行機が見えることがある。自衛隊の輸送機が多い。けっこうバンクしている。飛行機乗りの小説を書いているときには、うってつけのノイズである。
【体育】 身体の話
今日の講義に入る前に、昨日の答えを書いておきましょう。
それは「左上の1から桂馬飛びで進んで行くと、64マス全ての数字を順番にたどることができる」でした。本当に凄いですね。
さて今日は「体育」というか「算数」というか「社会」というか……そんな話です。
みなさんもご存じのように、昔からバイオリズムという考え方があります。人間の体にはリズムがあって、体力が約23日、感情が約28日、そして知性が約33日で、絶好調・絶不調の間を周期的に揺れ動くというものです。
ぼくたちが生まれた瞬間は、もちろんプラスマイナスゼロの状態です。そしてここから、3種類の異なるサインカーヴが派生するわけです。そのカーヴは、絶好調・絶不調の間を往復しながら、緩やかな波を描いて流れて行きます。
そこでふと思ったのですが……。このバイオリズムの波が、生まれた時と同じように3本ともゼロ点で重なるのは、一体何年後のことでしょうか?
答えは非常に単純で、23と、28と、33の最小公倍数を取ってみればすぐに分かります。そしてそれは、21,252日後になります。ということは、約58年後です。
びっくりしますね。何がびっくりするといって、わずか数年違いで「還暦」と重なるからです。
還暦というのは、干支(十干十二支)つまり、甲(きのえ)乙(きのと)丙(ひのえ)……などの十干と、子丑寅卯辰……の十二支の組み合わせがひと回りして、生まれた年の干支に戻ることです。満60歳です。そしてこの年には、人は新たに生まれ変わるのだといわれていて、赤いチャンチャンコなどを着てお祝いするのです(なぜ「赤い」チャンチャンコなのかというその意味に関しては、また機会があったらにしましょう)。
つまり、バイオリズム、還暦、ともに60年目のあたりで人間は生まれ変わるといっているのです。西洋で生まれたバイオリズムと、東洋の還暦という考え方が──双方ともに、科学的根拠が怪しげなのに──なぜかほぼ一致するというのは面白い話ですね。単なる偶然なのでしょうか。それとも、どこかに接点があるのでしょうか。