2006年11月24日(金曜日)
【HR】 友達って大事か?
昨日は祭日だったようだ。今日は平日か。ふーん。
天気は良くて、朝から庭の掃除をした。風は少しあるが、しかし日中はぽかぽかと暖かい。
スバル氏が東京へ遊びにいくので駅まで送った。パスカルと留守番だ。意気消沈のパスカルをなんとか誘いだして、庭で遊ぶのだが、今ひとつ乗りきれないらしく、やるせない顔をしている。散歩もあまり歩かなかった。夕方も庭掃除をした。
今日は工作が沢山できた。主に木工で、木を削って粉を出し、それを掃除機で吸い取る、という作業の繰り返し。思いどおりにできていく日だった。
ゲラは「η」を50%まで読んだ。ゲラを読むと覿面に疲れるので、また休憩をしながら、ネットサーフィンをしたり、オークションを物色したり、工作室へ下りて、ひと削りしたりした。今週では一番体調が良い。
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学校などの集団生活になかなか溶け込めない子供がいる。そういう子供が大人になって、ごく普通の社会人として、社会に溶け込む。逆に、子供のときに明るく仲間と遊んでいたのに、大人になって、社会に溶け込めない人もいる。いろいろである。
大人は一人でも今は特に困らない。一人でも楽しく生きていける。だから大人はそれで良い。しかし、子供の場合、一人きりになりがちな子は、周りから余計なことを言われる。虐められたりもするだろう。そういう子供に対して「友達を作って、仲良くやりなさい」と一方的に指導するのは、たぶん間違いだ。
今の社会は、友達ができることが、とんでもなく価値のあることだと教えている。たいていの物語は、友情を誇張し、美化し、これがすべてを救うと訴えているし、大人も先生も口を揃えて言う。本当にそうだろうか?
もちろん、友達に価値がないとはいわない。しかし、そんなに押しつけるようなことかな。別に、友達が本気で欲しかったら、自然にできるだろう。溶け込めない、というのは、わいわいはしゃげないだけのことだ。笑ってはしゃぐことが、友達の輪だという変な幻想がある。
友達というのは、たとえば、メールをたまに交換するだけとか、1年に1度会えるだけとかでも良い。年齢も全然違っているとか、極端な場合、相手は友達だと思っていなくてもべつに良い。それでも、立派な友達だ。毎日会って、じゃれ合っているばかりが友達ではない。人それぞれである。
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だから、周囲の人が「もっと明るくなれ」「友達を作れ」と言うのを、そんなに真に受けず、自分が楽しいことをするのがよろしい。それが幸せだ。学校にいるときは、面倒だけれど、その場限りでも良いから、友達の振りをしていれば、まあそんなには虐められないだろう。そこは上手く立ち回ろう。自分の時間は、一人で部屋に籠もって、自分が楽しいと思うことをすれば良い。
というように指導をすれば、もう少しは思い悩む若者が減るのではないだろうか。友達づきあいに神経をすり減らしている人を見ると、そんなにまで友達って大事なものなのか? と僕は不思議に思う。「友達は財産だ」とよくいわれるくらいだから、つまりせいぜい財産程度のつまらないもの、という意味かと思う。
親しげに近づいてくる奴よりも、無愛想だけど自分の楽しみを知っている奴の方が、つき合ったら断然面白いものだ。