2006年09月18日(月曜日)

【図工】 特別講義1

 おじゃまします。よしもとばななです。特別講師です。どきどきです。
 小学二年生のとき、紙粘土で生き物をつくり網に貼り付けて壁掛けにするという工作をしたことがあった。私は色とりどりのうろこの魚をつくることにした。動いている魚のほうがかっこいいと思って、くねってはねている魚をつくっていたら、周りの子供たちからクレームが来た。「曲がってるのをつくっちゃいけないんだ、魚とはまっすぐなものだからだ」という。「おめ〜ら死んだ魚しか見たことねえんじゃないか?」と今の私なら言うけれど、当時のおとなしい私は「変なの」と思いながら黙っていた。すると問題はどんどん大きくなり、誰かが先生に言いつけてやる、と言って先生を呼びに行った。先生は「なにを言うんだ、すばらしいことじゃないか、動いてる魚をつくるなんて。こういう考え方が図工には大事だよ」と言って問題は終わった。
 先生がどういう人であるかはとっても大事だと私は思った。もしここで先生まで「魚はまっすぐに!」なんてことを言い出したら、私はもう学校に行かなくなったかもしれない。
 子供たちがそんなわけのわからない統一感を創作に対して求めていたのが謎だが、きっと彼らは私の持っている気持ち悪いくらいのクリエィティビティを潜在的におそれていたのだろうと思う。そしてなにかのきっかけであげあしを取りたかったのだろう。
 もしかして今は時代が逆のほうにふれていて、子供が「死んだ魚」をつくろうとするとクリエィティブじゃない、とみんなが責めてくる時代になっていて、実は同じことであるような、いやな予感がする。
 いずれにしても創作に基準があると思う方が、おそろしいのだ。
 あっ、書いてみたら、単なるエッセイになってしまった。
 作家バカ一代、先が思いやられます。

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