2006年08月22日(火曜日)
【HR】 文系の人の傾向?
雨が降りそうで降らない。夕方もしかたなく水やりをした。しかし、そのあとに夕立でどしゃぶり&雷になった。
7時に目が覚め、朝、小説の仕事を片付けた。朝なにかをする場合、起きてすぐすることが多い。お茶を一口くらいは飲むけれど。
「日経パソコン」のゲラ校正。「ZOKU」文庫版のゲラを10%ほど読んだ。Gシリーズが全冊同時重版で好調。「φ」は既に13版になった。
午前中に、青の6号で1時間ほどドライブをした。快調。ポルシェもビートも9月が車検なので、工場に予約の電話をした。今年から、税金はカードでは支払えないことになったそうだ。現金オンリィらしい。リサイクル税も必要になる。税金を支払うことは、それだけ社会のためになるのだから、気持ち良く払いたい。
午後は、工作室で少し活動。キットを一つ組み始める。だいたい、ヤスリがけ作業。定期購読の洋雑誌が1冊届いて、それを読んだりした。もう1つ今日明日で読まなければならないものが届き、これも読む。夕方は、スバル氏とパスカルを乗せて買いものに出かけたが、駐車場で待っている間もこれを読んだ。
ブライスの食玩で新しいシリーズがまた出たようなので、このまえ1つ買った。今日も、スバル氏が食料品売り場へ行くので、「3つくらい買ってきて」と頼んだら、「いくらなの?」ときくので、「さあ、まあ200円か300円じゃないのかな」といい加減に答えると、「そんな、ちびちび買わないで、大人買いしなさいよ。あと5種類だったら、5個買えば?」などと言う。「でも、重なったりするよ、きっと」と言うと、「じゃあ、10個くらい買ってこようか?」と言って、車から出ていった。
戻ってきたら、「1個500円もするの。高!」と言いながら車に乗り込んできた。「500円もするんだよぅ、もったいなくて2個しか買えなかった」とのことだった。よくわからない人である。このまま小説に書いたら、キャラクタが不安定で人間がしっかり描かれていないと指摘されるだろう。校閲からも「おかしいのではないか」とチェックが入りそうだ。
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校閲といえば、表記の統一などをしてもらいたいのだが、そんな単純なことがけっこうできない場合が多い。人間が見て、気づいたところは直す、というのが彼らの言う「表記の統一」なのだ。データで検索するわけではない。僕の関係では、2社だけがデジタルで検索をしてくれる。自分が最初に書いた文章で検索して位置を調べ、それからゲラでその箇所を探して確認をする、なんて作業を頻繁にする。面倒なことである。
まえにも書いたが、文系の人(ファジィだが)の感覚は、こうなのだろう。「間違いなくお願いします」と頼むと、「確実にやります」と答える。しかし、じっとしっかり気合いを入れて臨むことが、彼らの「確実」であって、データで検索して確かめれば、そんなにしっかり見なくても確実になるのに、と僕は思ってしまう。ここにギャップを感じる。
確実で間違いのない仕事、というのは、一人の人間の気合いや注意力だけで成し遂げられるものではない。合理的な手法がまずあって、それを選択したうえで、ほんの少しの気遣いがあれば充分なのだ。
同様に、ミスがあったときに必死で謝ったりするのも、文系の人の傾向かもしれない。とにかく、頭を下げて申し訳ありません、の一点張りなのである。そんな過去のことをいくら謝ってもらっても、取り返しはつかない。こちらが聞きたいのは、そのミスの再発防止のために新しくどんな手を打つのか、という点である。
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「ナ・バ・テア」の台湾版の見本がもう届いた。このまえ、「スカイ・クロラ」が出たばかりではないだろうか。信じられないくらい早い。本当に訳しているのだろうか(笑)。チェックができないのも、辛いところである。