2006年06月21日(水曜日)

【理科】 アナログ・アカデミィ

 こんにちは、清涼院です。5日間の特別授業の折り返し地点ですね。
 まず白状します。ぼくは子供の頃から理科が大の苦手でした。ぼくは中学と大学、人生で2度(2校)受験していますが、どちらの時も理科にだけ足を引っ張られました。そんなぼくが理科の授業をするなんて、驚きです。世の中、なにが起こるかわかりませんね。
 よく知られた「世の中には、2種類の人間しかいない」という言い回しは陳腐すぎて嫌なのですが、それでも、森博嗣先生の作品に接すると、世の中には理系人間と文系人間がいるもんだなあ……と、考えさせられてしまいます。もちろん、すべての人が理系と文系に綺麗に別れるわけではありませんが、 S&M(シリーズではなく、サド傾向とマゾ傾向)のように、どちらの要素が強いかで、どんな人でも理系か文系に分類することはできます。
 森先生は、日本で最初の本格的な理系小説家として、歴史上に特筆される存在です。
 それまでにも理系的な思考をする小説家や理系畑から出てきた小説家はいたのですが、森先生ほど理系らしい理系の小説家は、いませんでした。デビュー後も変わらず理系らしさを貫き続けていることを考えると、まさしく類例のない地位に森先生はおられます。
 誤解を恐れずに言い切るなら、ぼくが考えるに文系人間とはアナログ思考で、理系人間はデジタル思考です(みんながいつも、ではなく、その傾向が強い、ということですよ)。
 昨日の原稿用紙の話にもよく表れていますが、非常に大ざっぱでアバウトな(←わざと重複表現を使ってみました)のが、出版界、という文系の世界です。 そこへ、精密機械のようなデジタル人間の森先生が登場して、新風が吹き込まれました。森先生のキャラクタと作風は文系社会の出版界にとってはあまりにも異質だったので、とても大きな衝撃でした。でした、と過去形で片づけてしまえない独自の存在感が、今なお森先生にはあります。
 仮に、ぼくが無謀にも理系的な部分で森先生に議論を仕掛けたとしても、どう逆立ちしても勝てっこありません。それは自覚しているので、せめて自分の得意な文系の分野で、たとえば言葉遊びで勝負を仕掛けてみたこともあるのですが、森先生には、とても敵いませんでした。まるでアナログがデジタルに駆逐される社会の縮図のようで……こうなったら「アナログにはアナログの良さがあるんだけどなあ!」と開き直るしかなさそうです。

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