2006年06月01日(木曜日)

【国語】 日本語に複数形がない理由

 「1人の男が〜」や、「すべての問題は〜」といった日本語は、かつてはなかった。数量を示す場合には、「2つのリンゴがある」とは言わず、「リンゴが2つある」というのが日本語らしい言い回しだ。「何本もの樹に囲まれて」ではなく、「樹が何本も取り囲んで」と言っていた。この数に関する形容の前後や、受け身の表現などは、明らかに英語を訳したことによって生まれた日本語だと思われる。
 日本語に複数形がないのは、(これは単なる僕の想像だけれど、)複数個存在することが、物体の性質としてではなく、物体の動作として受け止められていたからだ。
 「2人の人たちがやってきた」のではなく、「人が2人でやってきた」のである。「2人の人たち」は明らかに聞き慣れない。「2人の人がやってきた」でもまだおかしい。これでは、「2人の人」という特別な存在を匂わすニュアンスになる。
 「多くの葉が茂る」ではなく、「葉が多く茂る」と言うのは、「多くの葉」という存在ではなく、葉という存在が、「多く」という動作をしている、と認識しているのだ。
 豆を食べるとき、1つ食べ、2つ食べ、3つ食べて、そこでやめる。何を食べたのか、ときかれれば、英語では「3つの豆」を食べことになるが、日本語では、豆を「3つ食べた」というように、あたかも動作の繰り返し回数のように(副詞的に)形容する。
 喫茶店で「2つのコーヒーを」とは注文しない。「コーヒーを2つ」と言う。「2つのコーヒー」が特別に存在しているわけではない。幾つもあるコーヒーではあるが、それを「2つ運んできてほしい」という意味になる。

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