2006年05月16日(火曜日)
【HR】 本の評判
朝から曇り空、ときどき小雨が降る天候。午前中は研究関係で出かけていた。午後に戻って、雨上がりの庭を少し掃除した。パスカルはもう、庭を歩いている。まだ本調子ではないが、少しずつ良くなっているようだ。
「ZOKUDAM」は手直しをして30000文字になった。発送して終わり。ゲラは来週らしい。「フラッタ〜」のゲラは現在30%まで見た。「もえない」のゲラはスバル氏に読んでもらった。これはイラストのため。僕はまだ読めていない。明日にも読む予定。
![]()
清涼院氏の「秘密室ボン QUIZ SHOW」が届いた。メフィスト賞関連の歴史について巻末に書かれていて懐かしい。そういえば、そんなふうだったな、といった感じか。清涼院氏は、デビュー作でかなり叩かれたなどとご自身で書かれているけれど、それは誰でも同じではないだろうか。
僕のこれまで出した本の中で、どれが一番叩かれたか、といえば、それは間違いなく、最初の「F」である。もう散々だったと記憶している。「コンピュータ用語の羅列で意味がわからない」「単に知識をひけらかしたいだけだ」「登場人物には感情がない」「キャラクタに魅力が全然ない」「ヒロインが嫌い」「こんな人間は世の中にいない」などなど。
そんな散々なシリーズだったが、Vシリーズの1作目を発表すると、とたんに、「前のシリーズの方が良かった」という声が増え始める。Gシリーズが始まれば、「Vシリーズを続けてほしい」という要望が多くなる。
![]()
基本的にいえることは、読者が作家よりも保守的である、ということだ。それから、一度統計をとってみたいものだが、酷評される本の方が結果的に売れる傾向にあるように感じるほどだ。少なくとも、出たばかりの頃の評判は、本当に売れ行きとは反対だと思う。したがって、評判が良いときにはあまり嬉しくなかったりする。「駄目だ、これだけ褒められたら、きっと売れないだろう」となる。
新しいものを出せば、古いものを知っている人は反発する。しかし、何度も書いているところだが、作家は、料理を出す店ではない。料理を出す店は、美味い料理を長く作り続ければ、何度でも同じ客が来る。しかし、作家が作るものは、同じ客が何度も経験できるものではない。基本的に1度だけなのだ。ここが決定的に違っている。また、いつまでも商品は古くならない。一度作ったものは、常に新しい。
「あの店は昔はもっと美味かったんだ」と嘆くファンもいるだろう。それは、その店でもう昔の料理が食べられないからである。しかし、作家の作品はいつまでも世にある。新しい客はいつでもそれを(1度だけだが)味わうことができる。エラリィ・クイーンもアガサ・クリスティも今は新作は出ていない。しかし、「もう駄目になった作家」ではない。作品の味は衰えない。
もちろん、「F」が優れた作品だと自分で認識しているわけでは全然ない。この作品は一番沢山売れている。しかし、これが本当に面白かったら、2作目がもっと手に取られるだろう。1作目だけが売れるのは、それだけの作品だったからだ。
いろいろなタイプの読者がいる。いろいろなニーズがある。まず、手近なもの、タイトルでぴんと来るもの、最後まで読めそうなもの、が手に取られる。まあ、それがそこそこの内容であったとすると、もう1冊この作家のものを読んでみようか、と少し思う。ここで「もう1冊読ませる」かどうかが、商品としての最も大事な機能といえる。
ノベルスの部数で見ると、現在1位はもちろん「F」だが、2位はなんと「φ」である。次の本をどれだけ読ませたか、という点では、後者の方が圧倒的に成績が良い。Gシリーズの不完全さのためだろう。
![]()