2005年03月04日
『さがしもの』-4(最終回)
撮影/角田光代
大学を卒業後、私は都内のちいさな本屋に就職した。世のなかはまだ景気のよさが名残のように漂っていて、就職は売り手市場だった。クラスメイトの多くは、大手の広告代理店や出版社に入社した。初任給がアルバイトとほとんど変わらない、名もない本屋に就職したのは私くらいだった。それでも私は決めていたのだ。本屋で働こうと。それも、さほど大きくない、お客さんの声が店員に届くような本屋で。
もうすぐ私は三十歳になる。私の勤める本屋は、幾度かの経営不振を乗り切りつつも、なんとか経営を続けている。給料はあいかわらずアルバイトに毛の生えた程度だが、私は顧客サービス係の主任になった(名札には、ブック・コンシェルジェと店長が苦肉の末考え出したとんでもない肩書きがついている)。本をさがして来店するお客さんに、目的の本をさがしたり、とりよせたり、調べたり、関連本を見つけたりするのが、私の主な仕事である。
書名と著者名、出版社をはっきり覚えて本屋にくる人は案外少ない。「結婚式のスピーチができるだけたくさんのっている挨拶集がほしい」なんてのはまだいいほうで、「犬が出てくる話で、最後はみんな抱き合って泣くような小説なんだけど」とか、「昔読んだんだけれど、雨や雪をワンピースに縫いこむ絵本をさがしている」とか、ときどきは、「十二歳のとき離れてしまった、現在二十歳の娘に本を送りたいので何か選んでほしい」なんて要望もある。その都度、私はコンピュータと人脈を駆使して、彼らがさがしている本を見つけだす。
コンピュータ。そう、今はそんなものもあるのだ。書名と著者名を打ちこめば、それが絶版になっているかどうかもわかる。本屋としてはあまり喜ばしくないが、コンピュータで本を買うことだってできる。おばあちゃん、もう少し長生きしていれば、あなたがあんなにもさがしていた本を届けることができたかもしれないよ。ときどき、私はそんなことを思う。
おばあちゃんがなぜあの本をさがしていたのか、私は知った気がしている。大学生のとき、復刻版を手にしてから、毎晩私はそれを読んだ。日本ではちっとも名が売れず、四十歳のときフランスに渡りようやく芽が出たものの、十年もせず亡くなってしまった画家の、それは日々雑記のような本だった。日本での日々、フランスでの日々。幼いころに見た光景、とうに亡くなった母親の面影、フランスで一番最初に食べた料理。
このなかに、『定食屋の娘』という短いエッセイがある。太平洋戦争がはじまるずっと前の話らしい。著者の下宿のそばに、なんの変哲もない定食屋があって、そこが驚くほどまずい。まずいのだが、この店の、十八にもならない娘がときどき店に出て手伝っていることがある。著者は、この娘見たさにまずい定食屋に通うのである。
もも色の頬、いつも濡れたような薄茶色の瞳、文句ありげにいつも尖らせている唇、髪の毛が少ないせいで針金みたいに細い三つ編み、ひまなとき彼女が何気なく歌っているちいさな鼻歌、気取りのない定食屋夫婦とのやりとり。
画家の文章は、読んでいる私にくっきりとした光景を見せる。そうとは気づかず自らの若さをはじけるくらい内に秘めた娘、若さが見せる不思議な美しさと安心感。飾り気のない定食屋家族の、独特の温度。薄暗く静かな、これから起こるだろういっさいの悲惨も暗澹も、やんわりと、しかし頑として受けつけないような店の内部。何も損なうことなく永遠にそこにあり続けるような、一瞬の光景。そんなものが、見るものを釘付けにする絵画のように、私のなかに浮かび上がった。
そうして私は思ったのだ。この定食屋の娘は、おばあちゃんに違いないと。おばあちゃんの両親は、父親が戦争で亡くなるまで実際定食屋を営んでいたらしい。戦後、おばあちゃんが警察官のもとに嫁いだのをきっかけに、おばあちゃんの母親は定食屋をたたみ、自宅で裁縫を教えていたと、いつか聞いたことがある。
おばあちゃんは昭和二十五年に出たこのエッセイを、読んだことがあったのかなかったのかはわからない。読んで、自分のことが書かれていると気づいたかもしれないし、あるいはだれか他人から、そんな話を聞いたのかもしれない。どちらにしてもおばあちゃんは、病院のベッドに寝そべって、絵画のように切り取られた若き日の自分を見てみたかったに違いない。画家が活字で切り取った、永遠にそこにあり続ける十代の自分と、家族と家を。
大学のそばの本屋で、私はその本を三冊買った。一冊は実家の仏壇に、一冊は本棚に、一冊はいつでも開けるよう机の上に置いてある。おばあちゃんの幽霊はあいかわらず影もかたちもあらわれないが、きっと、よくやったと言ってくれたと思う。天国があるなら天国で、ないならきっと桜の見える私のベッドに腰掛けて、長いこと待たされた本のページをくりかえし手繰っているだろうと思う。
母は五年前に再婚した。父から連絡はないが、たぶん再婚して幸せに暮らしていると思う。私は幾度か恋をして、うまくいったりいかなかったりした。亀山寛子は三年前に結婚して、今は一児の母である。ときどき子連れで私のアパートに家出してくる。
あいかわらず、いろんなことがある。かなしいこともうれしいことも。もうだめだ、と思うようなつらいことも。そんなとききまって私はおばあちゃんの言葉を思い出す。できごとより考えのほうがこわい。それで、できるだけ考えないようにする。目先のことをひとつずつ片づけていくようにする。そうすると、いつのまにかできごとは終わり、去って、記憶の底に沈殿している。
今、私は都内のアパートに住んでいて、八時半に家を出る。三十分で職場につく。本屋の開店は十時だ。狭いロッカールームで制服に着替え、ブック・コンシェルジェという気恥ずかしいバッジを胸につけ、相談カウンター(ここにも「ブック・コンシェルジェ」の立て札が立っている)に座り、予約状況と取り寄せ状況をチェックする。問い合わせリストの上から順に電話をかけていく。そうこうしているうちに、十時になる。シャッターが自動で開き、ちらほらとお客さんが店内に足を踏み入れる。
セーラー服を着た女の子が、おどおどした足取りで棚のあいだを移動しているのが目に入る。その子は手にした紙片と書棚を交互に見つめている。私は席を立ち、ゆっくりと女の子に近づく。
「何かおさがしですか? いっしょにさがしますよ」
女の子はほっとした顔で私を見る。おずおずと紙切れを差しだす。聞いたことのない書名と著者名。出版社は書かれていない。
「だいじょうぶです、かならず見つけます。調べてみるので、少しお待ちくださいね」
私は言って、紙片を手にカウンターへ向かう。きっと見つけられる、きっとあの子に届けられる、かげながら手伝ってよね。カウンターの椅子に座るとき、私はいつも、そっとおばあちゃんに話しかけている。(おわり)
投稿者 davinci : 2005年03月04日 00:00