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2005年01月06日

常に新しいモノに挑戦し続ける

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 2001年発行の20号(162頁・650円)で、「げっぷでGO!」という試みをした。部員Aがげっぷをしたら東へ進む、部員Bがげっぷをしたら西へ進む、Cは南、Dは北、Eは一時停止、Fは乗り物……。方位磁石を片手に5カ月間、延べ35時間半にわたり、我々はこの進み方で都内を大行進したのだった。
 途中、「バナナパンチ」という下品なカラオケ屋に入店をした。店前で「止まれ」のげっぷが出たからである。カラオケ屋に入り食事を取ると、食べる前に「乗り物」のげっぷが出てしまった! 大急ぎで食べる、と、飲み食いしたためげっぷの大嵐! 大混乱! とにかく誰一人歌うことなくげっぷとともに店を去った。
 偶然知り合いに会い、「今げっぷで進んでいるのだ」と説明しながら一緒に歩いたり、気がついたら吉原の遊郭街を歩いていた、ということもあった。
 我々は、有史以来初の、そして最後の、げっぷで進んだ人間であろう。
 02年発行の21号(190頁・600円)は、全ての記事を「記憶」だけに依拠して、作りあげた。カメラも人間、テレコも人間、資料は見ない、メモもとらない。他人に昨日の出来事を思い出して語ってもらい、それを記憶して記した「他人日記」。伝言ゲームのようにして前の人に伝えられた通りに遠足する「伝言ハイク」。100人の人に記憶で日本地図を描かせた「百個の日本」など。奥付けも、取扱店一覧も、記憶で書いた。
 現在は22号「営業特集」(分冊発行で各40頁・210円)を発行中だ。この特集にあたり、車掌編集部は編集部であることをやめ、「車掌営業部」として営業活動に専念している。編集部なしで作っているので、内容がなく、付録(トレカ付)、袋とじなどの形だけがあり、最悪だが、売れたい気持ちは誰にも負けない。そんな号だ。
 1987年の創刊から17年。『車掌』はずっとこんな調子で、世界中の誰も作ったことがないものを作り続けているミニコミである。
               
            

(車掌営業部 塔島ひろみ)
問合せ03-3719-6522 
http://www.h2.dion.ne.jp/~syasho/


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愛しのヘン様

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『ぼくのなまえはヘン』
幸恵 新風舎 735円

 絵本でありながらコミックを思わせる。
 そのたんたんとした文章のながれがなんとも言えずほほえましいQ
 いつも笑顔で私達をなごますヨン様とは違い、どのページをめくっても、常に自然体。媚を知らないヘン様のお姿。
 その一挙一動に理由もわからず心癒され、?のほほん?とした気分になってしまうのは何故なのだろうか。
 貴公子とはほど遠い、絵本界のヘン様にあなたもぜひ会ってみては……。そして不思議な種をまいてみませんか?  ほら、そこに……。あなたにも秘密のポケットがきっとあるはず。

ヘン様命●神奈川県在住の37歳、主婦。「妻であり、母親であり、そして女としてもまだまだ頑張っていきたいです」


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千裕●岐阜県在住の17歳、高校生。「『バッテリー』(あさのあつこ)の最終巻発売を目前にして、嬉しさと寂しさの入り混じる複雑な今日この頃です」


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スカッとわかる、さすがの一冊

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『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』
遙 洋子 ちくま文庫 651円

 単行本の時には?東大?の文字に一歩引き二歩下がり?上野千鶴子?と?ケンカ?には大きな疑問符が浮かび、触れることはなかった。けれど文庫の気安さからページをめくると「書店員としてこの本、売らねば!!」と燃えてる自分がいた。
 この本に今まで伝えたくても言葉に変換しきれなかったモヤモヤをスカッとさせてもらった。もちろん難しい文も専門用語も出てくるので、そこは繰り返し読んだ。それは心地よい難しさだった。
 気付いたらドッグイア(ページ隅の折り目)がいっぱいでポップを書くのに嬉し泣きした。
 高卒の私は今後も大学生になることはないと思うけれど、遙さんや上野先生の著書を読むことはできる。?本?ってすばらしい!!
 フェミニズムなんて関係ない人も、ジェンダーなんて知ったこっちゃない人にもお薦めの一冊。元気もらえます、涙もついてきます。
 上野先生の愛に感動。
 遙さんの勇気に感謝。


月湖・●茨城県在住の35歳、書店員。「『ダ・ヴィンチ』と『ダ・ヴィンチ』を楽しむ皆様に感謝の日々です。ありがとうございます♪」

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儚くも恐ろしい物語

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『マリアンヌの夢』
キャサリン・ストー/著 
猪熊葉子/訳 岩波少年文庫 756円

 病に伏せるマリアンヌが偶然見つけた鉛筆で一軒の家とそこに住む男の子を描いたことから物語は始まる。実はその鉛筆、絵を描くとそっくりそのまま夢に現れるのだ。
 設定はなんともファンタジー、誰でも憧れる魔法の世界である。しかし決してただの夢物語では終わらないのがこの本のすごいところ。本当に子どもが読んだら怖くて続きが読めなくなりそうなほどの、ちょっとしたホラーでもある。
 夢の中で男の子と言い争いをしたマリアンヌは腹が立つあまりに家の窓に鉄格子をはめ、庭には彼を監視するよう目を持った岩をいくつも描いてしまう。逃げ出そうにも男の子は足が悪くて歩けない。そして岩たちは夜毎、二人に少しずつ迫ってくる……。
 文字通りの悪夢。しかも目覚めたところでマリアンヌには全く希望が見えない闘病生活が待っているだけという、なかなか過酷なストーリーなのだがそこはあくまでも児童書。最後は穏やかに幕を閉じる。
 正直言うと、この本のどこが気に入っているのかはよく分からない。けれど私にとっては再読する度にドキドキするのを抑えられない貴重な本なのである。
 心残りは廃刊になってしまった続編。目下、鋭意捜索中。

アカノ●東京都在住の17歳、高校生。「毎月単身赴任先から『ダ・ヴィンチ』を運んでくれている父に最大級の感謝を!」


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ごんた●福岡県在住の30歳、主婦。「健康ブームに翻弄されています。今はゴーヤ茶がお気に入り」


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明治の究極ダメ男

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『「坊ちゃん」の時代 第三部 かの蒼空に』
関川夏央、谷口ジロー 双葉文庫 650円

 『坊ちゃんの時代』は、夏目漱石を中心に、森鴎外や二葉亭四迷などの文人と、明治から大正に移りゆく時代を描く五編のシリーズだ。
 リアリティ溢れる東京の町並みをバックに描かれる、出会いと別れの物語は、どの編も大変おもいしろい。私は中でも、石川啄木を主人公にした『かの蒼空に』がとりわけ好きだ。
 ここで描かれる啄木は究極といえる程のダメ人間だ。なにしろ、金のためにひいきにしていた芸者を他人に譲り、その金で上京したのだ。その後も金に困って、その元芸者に借金を頼む厚顔さには言葉もない。
 盟友である金田一京助は、啄木の才能を認め、彼の窮状を救おうとするのだが、啄木はそれすらふみにじる。金田一が妻子のためにと用意した質草で、平気で女を買う啄木……。
 しかし、啄木は金を借りることに不安を感じないわけではない。ただ金のない漠然とした不安、まとわりつく世俗の垢から逃げるように金を借りる。そんな、生活のなかふと口をついて出る歌の数々が、とてつもなく美しい。
 石川啄木の生き方に、共感は生まれないけれど、一人の芸術家の美しくダメダメな一生に思いを馳せる一冊だ。

有間千音●長野県在住の52歳、公務員。「今年は暖冬っていうけれど、やっぱり寒い。なかなか布団からでれないで困ってます」

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本の魅力に気づかせてくれた熱いオーケン

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『オーケンののほほんと熱い国へ行く』
大槻ケンヂ 新潮文庫 460円

 インド爆熱! タイでハレホロヒレハラ〜。『オーケンののほほんと熱い国へ行く』この本を読んで僕はどっぷりと本にハマリました。
 本は小難しくて、文にムムムッと集中しないと頭からスルスルッと抜け出していって、ストーリーがサッパリわからないもの。今まではそんなふうに思っていて、あまり本を読みませんでした。
 でも、オーケンの本を読んでイメージが変わりました。
 面白い! インド人、無茶しすぎ!
「暑い!」ではない、「熱い!」国をオーケンがのほほんと歩き、インドでは物売りと物乞いに圧倒されて、タイの楽園コ・サメットのビーチでは無能クラゲ人間となる。
 ただでさえゴンヌズバーと個性を発揮してくる熱い国に対して、真正面からスカすようなオーケンの文章が笑えて、気が付けば読み終わっている感じでした。
 たまたま手に取ったこの本がすごく面白くて、僕にとっては、おなべの中からボワッとインチキおじさん登場! と同じくらいの衝撃でした(オーケンがインチキおじさんってことじゃないですよ)。そのままオーケンの本を読み漁り、オーケンの本で紹介されていた本を読み、ハードカバーの分厚い小説も読むようになり、いろんな作家さんのファンになり、数珠繋ぎのように本が繋がっていって、今では本棚が満杯の立派なカッチュウ(活字中毒)です。

くるぶし二倍●岐阜県在住の16歳、学生。「東京ドーム2個分くらい本が好きです」

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家族の絆を教えてくれる

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『思いわずらうことなく愉しく生きよ』
江國香織  光文社 1890円

 似ている。思わず、麻子に気持ちを重ね合わせてしまった。
 結婚して7年の長女・麻子、結婚はしないが同棲中の次女・治子、恋愛は信じないという三女・育子。『思いわずらうことなく愉しく生きよ』はこんな三姉妹と家族のストーリー。
 実際のところ、私は一人っ子。姉妹の良さや悪さなんて、わかりっこない。ましてや、結婚してたった2年。別居期間の方が長いくらいなのだ。
 でも、あまりにも似ていた。麻子の揺れ動く気持ち。夫の機嫌をうかがいながらの生活。怒らせないようにびくびくする毎日。手を出すことはないとわかっていても、にじり寄られたときに感じる、息もできないくらいの恐怖。肉体的でわかりやすいDVとは違う、もっともっと精神的なもの。思い出すと、今でも身体が震える。
 妹たちの静止も聞かず、当たり前のように夫の許に帰っていく麻子。なんと痛々しいんだろう。結局は、自傷行為に走り、もう二度と夫の許には帰らないと決意する。
 実際、離婚にはおそろしく長い時間が必要だ。調停は、たんなる場所の提供でしかない。勇気を持って離れた相手と、また会って話し合いを続けることになる。
 今は、支えてくれる家族が一番の宝物だ。絆はきっと犬山家に負けていない。
「思いわずらうことなく、愉しく生きよ」犬山家の家訓が、胸に響いた。

尻餅うさぎ●千葉県在住の27歳、主婦。「掲載の知らせを受け、家で一人わたわたとしてしまいました。嬉しくて過呼吸気味です。ちょっと息が苦しいかも……」

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親と子の関係を問いかける一冊

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『野菊とバイエル』
干刈あがた 集英社文庫 571円

 新聞の社会面に、〈ゼロ歳児を虐待、死なす〉(『朝日新聞』2004年11月10日)という見出しを見つけた。もう、さして驚きもしなくなってしまった。容疑者が父親であるとわかっても、それは変わらない。
 慣れてしまってはいけないことに、慣らされてしまっているのではないだろうか。
 家族や親と子の関係といったものをテーマに、数多くの作品を発表してきた干刈あがたさんの小説に、『野菊とバイエル』がある。
 この作品の舞台となるのは戦後間もない、これはどの辺りなのか、雪国ではないし、南国というわけでもない、町から市になる、との挿話があるので多少は開けた土地のようではある。とにかくそのような地で起こる様々な出来事を、小学3年生の永井ミツヱという少女の目から描いた物語である。
 そのような設定であるからか、このミツヱという少女の?思う?場面が多く見られる。
 小学3年生というと8歳から9歳ということになるかと思うのだが、この頃というのは確かに、よくものを思っていたな、という気がする。いろいろなものを見たり、聞いたり、触れたりすることで、本当に様々な思いを持っていた、と。
 よく、年を重ねていけばいくほど、時の流れを早く感じるようになるといわれる。それは脳が次第に時間というものを認識していくために起こるのだ、と聞いたことがある。
 これはあらゆる意味での?経験?を得ることからくるのではないだろうか。つまり、幼年期というのは頭の中がまだまっさらな状態にあって、見るもの、聞くもの、とにかく感じるすべてのものが初めてのものであって、いってみれば新鮮な状態にある。それが二度、三度と繰り返されることによって、最初の新鮮味というものが失われていく。それが時間を認識する、ということなのではないだろうか。だとすれば、子どもの頃の1年は大人の10年分だ、という話には、額面以上の意味があることになる。
 幼年期は、子どもは、幸福でなければならない。いや、ことさら幸福である必要はないのかもしれない。ただ、不幸でさえなければ。そして、子どもを幸福にすることは困難であっても、不幸にしないことならば、そう難しいことではないはずである。

脇 興治●東京都在住の25歳、学生。「今卒論と格闘中で、好きな本が読めません(泣)。ただ卒論関連で読んだ小熊英二さんの『〈日本人〉の境界』は面白かったです」


投稿者 davinci_orange : 2005年01月06日 00:00